それは子供の頃。いつだったか…詳細は覚えてはいない。ただ、はっきりと思い出せるのは、父が私に「宇宙の本」を買ってくれたことだ。おそらく小3の頃じゃなかったかと思う。
ちょうどその少し前に、「宇宙科学博覧会Spase Expo」というのが開催されていた(東京の晴海だったようだ)。その博覧会に、父と一緒に行った記憶がある。おそらく、当時アポロが持ち帰った「月の石」が展示されていたため(本物かどうかはわからない…)、それを父も見たかったのだろう。東京の医大を卒業した父には、東京はとても近い場所。でも小学生の自分には、よくわからない場所。私の中では、「どこか遠い不思議な場所に来て、宇宙の姿や月の石を見た」という記憶だけが残っている。おそらく、その頃の記憶が比較的鮮明に残っているということは、自分にとって宇宙の姿にとてもワクワクして星の写真や月の石に夢中になったのだろう。そんな姿を見た父が、私の宇宙の本を買ってくれたのかもしれない。今ではそんなふうに思う。
それから本当に宇宙が好きになった。毎日宇宙に関する本を開いては、宇宙の美しい天体写真を見たり、宇宙とはなにか…なんて哲学的なことを語った本を読んだりして、遠く広大な未知の世界に思いを馳せていた。
ちょうど同じ頃、TV放送で「COSMOS(コスモス)」という番組をやっていた。著名な科学者のカール・セーガン博士が、宇宙のことやこの世界のことを美麗な映像を交えて視聴者に語り伝える番組。宇宙の始まりや超新星爆発、相対性理論、宇宙の膨張…まだ10代前半の幼い知識しかない自分にはさっぱりよくわからないこともあったが、とにかく圧倒的に美しい宇宙の映像に惹かれ、番組に釘付けになった。
当時、自宅にはビデオデッキがなかった。父の友人が近所でカメラ屋を経営していて、その自宅にはβビデオデッキが置かれていた。そのカメラ屋に隣接された父友人宅のリビングに頻繁に赴き、食い入るようにカール・セーガン博士の話を見ていた…記憶が今も残っている。おそらく父が友人に頼んで、COSMOSを録画してもらっていたのだろう。
なお、この録画した映像は、今もデジタライズして我が家のファイルサーバーにmpgファイルとして保管してある。40年前の番組を今でも見れるのも、また時代の進歩の恩恵だと言えよう。
カール・セーガン博士の「COSMOS」
放映当時に録画したビデオカセットからPCにキャプチャーして保管してあったもの。貴重な40年前の映像
この番組を見てから、なんとなく漠然と「自分の目で直接星を見てみたい」と思うようになった(そんなふうに記憶している)。天体望遠鏡を使えば、宇宙の星々をもっと間近に見ることができるんだ!望遠鏡がほしい!…そんなふうに父にせがんだのかもしれない。小6のときだったと思うが、父が天体望遠鏡を買ってくれた!
今残っている記憶では、Kenko製、口径はだいたい5cm、全長は60cmくらいだったと思う。木製の三脚に支えられた白い鏡筒、経緯台には長く伸びたハンドルが二本ついていて、鏡筒を微妙に動かすことができた。接眼レンズの焦点距離は覚えていないが、月面のクレーターがはっきり見えるくらいのものだった。
晴れた夜、空を覗く。最初は月、クレーターがくっきり見える。まるでアポロ宇宙船の宇宙飛行士になったかのように、月面が間近に見える。それこそ食い入るように見ていたと思う
夜空には、ひときわ明るく輝く星もあった。惑星だ。夜一番明るく輝く惑星、木星に天体望遠鏡を向けた。ファインダー越しに木星を視界に入れ、接眼レンズを覗く。月とは違い、点のようにしか見えないが、それでもわずかに木星の縞模様が見えた。あれが、ヴォイジャーが探検した惑星…。もっと近くで見れたらなぁ…、そんな思いが強くなった。
更にその近くにもう一つの惑星、土星があった。ファインダーを使って、土星に鏡筒を向ける。レンズを覗くと…、そこには輪をまとった美しい土星の姿が飛び込んできた。これには本当に興奮した。土星の輪がちゃんと見えるんだよ!あのCOSMOSの番組内で見たCGの土星の姿が、今この眼の前に(レンズの中に)ちゃんと実物として存在している。空想の世界のものと思っていたことが、現実に在るものとして触れられたときの高揚感。天体観測は、まさにこの感動を得るためのツールなのだと今では強く思うのである。
2022年10月に新しく買ったばかりのVIXEN SD115SとEOS M200でコリメート撮影した木星。当時はここまで綺麗には見えなかったと思うが、それでも木星の縞は見えていたと記憶している。
だがしかし…、銀河や星雲は見えない。見えるのは月と惑星だけ。その理由は今ならわかるけど、小学生当時はよく分からなかった。はっきり目に見えるのが、広いお空の中で数個の星だけという事実から、星を覗く回数は徐々に減り、それよりも宇宙が誕生した理由、あるいは星の一生など、学問的なことに興味が向くようになっていった。
天体観測から宇宙論へ
中学生の頃には、宇宙の成り立ち・星の誕生・そしてアインシュタイン…当時の同級生たちとは全く違う方向の世界にのめり込んでいった。中2のときには、これまた父にせがんでコンピューター(当時で言うマイコン)を買ってもらった。Fujitsu FM7だ。
先述した父の友人、カメラ屋さんには店頭に当時まだ出たばかりのマイクロコンピューターが置かれていた。たしか、X-1,FP1100,MZ700の三台だったと思う。コンピューターにも興味が強かった私は、足繁く通い独学でプログラミングの勉強に勤しんだ。コンピューターにBASIC言語を打ち込むと、自分の思うような動作をしてくれる、こんな楽しい機械はない!とにかく自分のコンピューターがほしい…それがマイコンを買ってもらった第一の理由。それと同時に、もう一つコンピューターでやりたいことがあった。星々の軌道を描き出すことだ。
初めて買ってもらったマイコン(マイクロコンピューター)FUJITSUのFM7
これでプログラミングの技術を高めた
中野主一さんという方をご存知だろうか。NHKの番組でコンピューターグラフィックスの演出を手掛けたCG作成のパイオニア的存在だ。この方が著作した、コンピューターで惑星の軌道や星々の動きを描き出すBASIC言語のプログラム集が書籍として発売されていた。当然、マイコンを買ってもらったと同時に、この本を購入した。コンピューターで宇宙を描きたい!これがマイコンをせがんだ第二の理由だ。
「マイコンが解く天体の謎」中野主一
天体物理学の理論と、それに基づいたBASICプログラムを収載している。マイコンを持っていれば、誰でも宇宙の不思議に触れることができた
この本、今見ると中々高度だ。当然だけど、物理学や天文学を学んでいない(というかまだ初等数学しか学んでいない)中学生には、さっぱり意味不明な内容だった。それでも、BASICプログラムをマイコンに入力して実行すれば、月の満ち欠けや惑星の動き、そしてプラネタリウムのような星座や恒星を画面に映し出すことができた。私にとっては、天体望遠鏡とはまた別の、宇宙を身近に感じることができるツールであったと言える。
観測から理論へ、体験から知識へ
学年が上がるにつれ、そして思考することの楽しさを知るにつれ、何故この宇宙が今見ているような世界になっているのか、そんなことを徐々に考えるようになっていた。
それでも、中学生まではとにかく壮大な宇宙へのあこがれが強かった。小学校の卒業文集では、将来の夢が宇宙飛行士だったし、中学の頃には天文学者になることを決心していた。
ところが…
高校に入ると、授業で学ぶ物理学に強烈に惹きつけられた。世の中に森羅万象を、とてもシンプルな形の数式として表すことで理解しようとする物理学。様々な物体の振る舞いを簡単な数式で説明し、なおかつそのふるまいの未来を予想することができる。その万能な数学的ツールが、自分の左脳の溝にピタリとハマった気がした。そして、徐々に宇宙観測あるいは宇宙そのものへの興味は薄れていく。天文学者から理論物理学者へ、高校になると夢の対象は変化した。興味は、天文学から物理学へ、相対性理論から量子論と移っていくことになる。
最終的には、天文学者にも理論物理学者にもならず、家業を継ぐべく医学の道に進んだ。今にして思えばこの選択は間違ってはいなかったが、自分の本当に好きな世界に関わることができない寂しさだけは残っている。
なお、今は片田舎のクリニックで地域医療に日々励んでいる。
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